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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)10306号 判決

原告 赤羽敏子

被告 有限会社中升酒店 外一名

主文

一、原告の各請求を棄却する。

二、訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「一、被告等は、原告に対し、各自一五万円及びこれに対する、昭和三一年一二月一一日から、支払ずみに至る迄、年六分の金員の支払をせよ。二、訴訟費用は、被告等の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求める旨申立て、その請求の原因として

被告株式会社翠月(以下被告翠月という)は、昭和三一年一〇月一〇日、被告有限会社中升酒店(以下被告中升という)にあて、金額一五万円、満期同年一二月一〇日、振出地及び支払地いずれも東京都文京区、支払場所株式会社富士銀行根津支店なる約束手形(以下本件約束手形という)一通を振出し、被告中升は、訴外丸越商店こと渡部高明に、同人は訴外渡部栄に、同人は原告に、いずれも拒絶証書作成を免除してこれを裏書譲渡し、原告は、訴外株式会社三和銀行池袋支店に、取立の為、これを裏書譲渡し、同銀行支店は右満期の翌日、支払場所に於て、被告翠月に支払の為、これを呈示したところ同被告は、その支払を拒絶した。

よつて原告は被告両名に対し、本件約束手形金一五万円、及びこれに対する、右満期の翌日である昭和三一年一二月一一日から支払ずみに至る迄、手形法所定の年六分の利息の合同支払を求める為、本訴各請求に及んだ。

被告等の抗弁につき、その主張事実を否認すると述べ

証拠として、甲第一号証を提出し、証人来栖重徳同貴島貞元同赤羽直人の各証言を援用し、乙号各証の成立を認める。丙第一号証の一、二の成立は知らないと述べた。

被告等訴訟代理人は「一、原告の各請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め

被告翠月訴訟代理人は、原告主張の事実中、同被告が、受取人欄を空白とした、本件約束手形一通に、振出人として署名捺印したこと(但しそれが、同被告の振出と謂うことができないことは、抗弁の項参照)原告が株式会社三和銀行池袋支店に取立を委任して、満期の翌日、支払場所に於て、同被告に支払の為これを呈示し、同被告が、その支払を拒絶したことを認める。その他の事実は、すべて知らない。

抗弁として、同被告は、訴外仲西富士子から、同人の情夫である訴外渡部栄が、東京信用金庫の常務理事で、営業部長であるから、「同人が、本件約束手形に裏書をすれば、低利で融資を得られる。貴方にそれを融通するから、本件約束手形を振出せ。」といわれたので、同被告はその言を信じ、受取人欄を白地とした、本件約束手形の振出欄に記名捺印して、仲西富士子に、これを郵送した。しかるに同人は、同被告が与えた補充権を濫用して、本件約束手形に、受取人として被告中升を記入し、これを他に裏書譲渡し、被告翠月に何等金融を与えなかつた。原告は、その事実を知り、同被告を害することを知りながら、本件約束手形を取得したものであるから、原告の同被告に対する本訴請求は失当であると述べ

証拠として、乙第一第二号証を提出し、証人神戸武雄同児玉栄一の各証言被告翠月代表者本人尋問の結果を援用し、甲第一号証の表面中、受取人の部分の成立を否認する。その他の部分の成立を認める。その裏面の各成立は知らないと述べた。

被告中升訴訟代理人は原告主張事実中同被告が、本件約束手形を裏書譲渡したことは、これを否認する。その他の原告主張の事実は、すべて知らない。

抗弁として、仮に被告中升が、本件約束手形を裏書譲渡したとしても、同被告は、渡部栄から、それによつて、金融を受けることができると言われたので、それを信じて、同人に白地裏書により、これを譲渡したところ、同人は、同被告に何等金融を与えなかつた。原告は、その事実を知り、同被告を害することを知りながら、本件約束手形を取得したものであるから、原告の同被告に対する本訴請求は失当であると述べ

証拠として丙第一号証の一、二を提出し、被告中升代表者及び原告各本人尋問の結果を援用し、甲第一号証の裏書欄中、被告中升作成名義部分の成立を否認する。但しその印影が、同被告の使用する印判の印影と同一であることを認める。その他の部分の成立は、すべて知らないと述べた。

理由

被告翠月が、受取人欄を空白とした本件約束手形に、振出人として署名捺印したことは、同被告の自白したところである。そして、成立に争のない乙第一第二号証の各記載、証人神戸武雄同児玉栄一の各証言、被告翠月代表者本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。被告翠月の代表取締役高橋武三は、昭和三一年一〇月頃、東京信用金庫の常務理事で、営業部長であつた渡部栄から、被告翠月が振出した約束手形に、自分が裏書をすれば、他から低利で割引くことができると言われて本件約束手形(その受取人欄が空白であつたことは、右判示の通り)一通の外、手形金額を二〇万円とする約束手形五通、一〇万円とする約束手形一通合計七通(手形金額合計一二五万円)を、同人の情婦であつた仲西富士子に郵送した。しかるに渡部栄はその内、手形金額を二〇万円とする約束手形三通を、同被告に返還したが、本件約束手形、手形金額を二〇万円とするもの二通、一〇万円とするもの一通を返還せず、豊島区雑司ケ谷町七丁目一、一〇〇番地で、茶の販売を営んでいた右仲西富士子の静岡県榛原郡榛原町の茶問屋児玉栄一に対する茶の買掛代金三〇万円の支払の為、金額二〇万円及び一〇万円の約束手形各一通を譲渡した。(しかしその二通は結局不渡となつた。)高橋武三は、渡部栄から、前記約束手形四通の割引の対価を取得することができなかつたので、本件約束手形については、昭和三一年一二月一一日、被詐取を理由として、支払を拒絶し、次いで同人及び仲西富士子に厳しくその返還を要求したところ、仲西富士子は同年一二月二九日、東京都文京区根津宮永町二七番地神戸武雄方に於て、高橋武三に対し、右約束手形四通を、児玉栄一から取戻して、同人に返還すること、もしその履行ができないときは、渡部栄及び上野武(富士子の番頭)が連帯保証人として責任を負うことを約し、その旨の誓約書を差入れた。児玉栄一は、その場に臨席していたが、右約束手形四通の内、本件約束手形と金額二〇万円の約束手形一通は、当時同人の手許になかつた。(児玉栄一は同年一一月中に、仲西富士子から本件約束手形と思われる約束手形の所持人として、被告両名から手形金を取立ててくれと頼まれたが、同人は、手形の性質を危ぶんで、それを拒絶したことがある)。渡部栄、仲西富士子及び上野武は、右誓約書を高橋武三に差入れた後、間もなく姿をくらまし、高橋武三に対し本件約束手形を返還しなかつたことが認められる。右認定に反する部分の被告翠月代表者本人尋問の結果(児玉栄一が、右誓約書作成当時、右約束手形四通が、自分の手許にあることを承認していたという点、前記誓約書中の約束手形四通及びその所在場所児玉栄一の表示は、その作成後、インクを以て記入された形跡がある)は、当裁判所の採用しないところであり、他に右認定を左右するに足りる証拠資料はない。

被告中升が本件約束手形に裏書を為した事実については証人来栖重徳の証言及び被告中升代表者本人尋問の結果によれば、同被告の代表取締役横田隆太郎は、昭和三一年一〇月七日頃、渡部栄の妻と自称する仲西富士子及び上野武から、被告中升が本件約束手形に裏書をするならば、他から割引いてやると言われて、その裏書欄に記名捺印したことが推認せられる。右認定に反する部分の被告中升代表者本人尋問の結果は、当裁判所の措信しないところであり、他に右認定を左右するに足りる、証拠資料はない。一方、証人貴島貞元は、昭和三一年一〇月一〇日(本件約束手形の振出日)頃、仲西富士子、上野武から、その手形割引を依頼されて、上野武を原告方に同伴して、紹介し、同人は同年同月一二日頃、原告の夫赤羽直人から、二カ月足らずの利息を差引いた金額を受領した。その当時、右約束手形には、被告中升、渡部高明、渡部栄の各裏書があつたと供述し、証人赤羽直人は、自分は、昭和三一年一〇月中、上野武が本件約束手形を持参して、その割引を依頼したので、手形金額から同年一二月一〇日の満期迄約二カ月分の日歩二〇銭の利息を控除した残額を、上野武に交付したと供述し、原告本人は、自分は、昭和三一年一〇月二五日(即ち、原告が訴状の請求原因に於て、渡部栄の裏書の日附を、補充したと主張する日)、本件約束手形を持参した貴島貞元に対し、それを割引いてやつたが、それは夫赤羽直人がしたことであつて、その計算関係は、全く知らないと供述し、以上の各供述のそごから判断すれば、原告が本件約束手形の割引を為したことは、甚だ疑わしいと謂わなければならない。

寧ろ、前段認定の事実(殊に本件約束手形は、児玉栄一の証言により、昭和三一年一一月中は、渡部栄、仲西富士子の手許にあつたと推察される点)と証人貴島貞元、同赤羽直人の各証言、原告本人尋問の結果の相互の矛盾及び弁論の全趣旨とを綜合すれば、渡部栄、仲西富士子は、被告両名の為に、本件約束手形によつて、金融を与える意思がなかつたのに、それがあるように装つて被告両名から、前段判示のように、振出裏書をうけ、被告両名に金融を与えなかつた。そして、それ故に、被告両名から、直接対抗せられるべき対価不交付の抗弁を、切断する目的を以て、原告をロボツトとして、原告に裏書譲渡し、原告を本件約束手形の所持人として登場せしめたものと、推断せざるを得ぬ。原告自身が、「本件約束手形の裏書人渡部高明、自分への裏書人渡部栄について、何も知らぬ。被告両名についてのみ、銀行を通じて支払能力を調査した。本訴は、夫赤羽直人の意思によつて、提起したが、最終の被裏書人が自分であることは知らなかつた。」と供述していることは、まさしく、この間の消息を如実に物語るものであつて、原告は、そのような供述を以て、本件約束手形の善意の取得者と主張することは、許されないのである。かようなロボツトは、手形債務者から、悪意の抗弁を以て直接対抗せられるべき前者と、法律上同一視せられなければならない。もし然らずとせんか、手形抗弁を対抗せられるべき手形所持人は、これをロボツトに譲渡することによつて、その抗弁を切断し得るからである。

してみれば、被告等の悪意の抗弁は、結局に於て正当であるというべく、原告の本訴各請求は、いずれも失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文の通り、判決する。

(裁判官 鉅鹿義明)

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